【物語】「起業してやる!」が口癖のイキり大学生が、せどりで月収80万円を稼いで気付いたこと

どうも、YOBBYです。

ぼくはラインでメルマガを配信してるんですが、「YOBBYさんの体験談超好きなので、もっと聞きたいです!」というコメントをよくもらうので、重い腰を上げて書いていきますw

というのもぼくは正真正銘のアホ&勘違い大学生だったので、過去を振り返ってみると、見るに堪えないほど無惨なんですよね。鬼舞辻無惨より無惨。

・ブック&コーヒーで起業の本、マーケティングの本とか読みまくって満足(→行動しない)

・バイトが続かない。最高継続記録は3か月。

・インターンで法人営業やっても1つも売れない。WEBサイト運営しても1件も売上上がらない。

・「おれ50万稼いでるから!」という怪しい大学生の勧誘で情報商材の高額塾入るも、稼げた額は1万円。
→後にサイトパクれらて脱退。

・よくわからん大学生FPの「イーサリアム買っとけば良いよ!」という発言から脳死で買い、25万円溶かす

・よくわからんFXの自動売買ツールで20万溶かす

・よくわからんハワイの不動産に10万投資して溶かす

・FX(裁量取引)で80万溶かす

・バイナリーオプション。ビギナーズラックで就活の交通費を稼ぐも、結局赤字で撤退。

・ミュージシャンのライブ会場設営バイト。元受刑者のおっさんと仲良くなる。

・地下アイドルのライブのサクラをやる。おっさんたちと小一時間会場を盛りあげる仕事。結構楽しい。

・内定をもらっていた会社が倒産してニート

・真面目に大学通うも、シンプルに勉強できなくて留年

アホですよね笑

古今東西見渡してもここまでのアホはなかなかいないかと思います。「逆経歴詐称してんじゃないか?」って疑われるレベル。

ぼくは大学在学中に月収80万円を達成しましたが、勉強はできないし、バイトは続かないし、何やっても中途半端。

さらにそしてそんな自分にイライラして、周りの人にも迷惑をかけるコミュ症。

そんな人間でした。

そんなぼくですが、せどりと出会ってからは、人生が良い方向に変わっていったんですよね。

勉強ができなくて将来に不安がある人、自分をダメだと思いこんでる人、生きる意味がわからない人、自分に自信が持てない人などは、ぜひ1分だけでも読んでみてください。

常体(だ・である調)で書いてますが、ご了承ください。

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第1章:プロローグ「なんでぼくがせどりを?」

「サラリーマンとか絶対やりたくねえw おれ起業するから!w」

これがぼくの口癖だった。

時は大学3年の秋、学部の友達は皆、就職活動に精を出していた。

会社の説明会に行くやつ、インターンに行くやつ、OB訪問に行くやつ、自己分析やるやつ。

回りの大学生は、いろんな形で”とりあえず就職して定職に就くため”に、命を削っていた。

ぼくはそんな彼らを見ながら「なんでそんな必死にやってんだよw サラリーマンとかやる意味ねえだろw」と内心バカにしていた。

今思えば身の程知らず、世間知らずのガキだったなと思う。

社会人としてやっていける自信も力もないのに、ただ虚勢を張るだけの惨めなガキ。それが21歳のぼくだった。

バイトをやっても単純作業を繰り返す毎日に耐えらえず、毎回2カ月もしないうちに辞める。

「みんながふつうにできることができない」という劣等感に襲われた。

当時のぼくは、とにかく自分の力でお金を稼ぎたくって仕方がなかった。

お金を稼ぐことができればバイトもしなくて良くなるし、劣等感も消えて無くなると思っていたからだ。

少しでも時間ができたら大学の近所のブック&カフェに行き、自己啓発本やビジネス書を読んでいた。経営者の成り上がり物語が特にお気に入りだった。

サイバーエージェントの藤田さんのこの本は特に好きで、15回くらい読んだ気がする。

本の主人公と自分と重ねて、なんだか自分が偉くなった気がした。

当時は、ブック〇フでアルバイトをしていたが、人付き合いが苦手なぼくは他のバイト仲間となかなか打ち解ける事ができなかった。

というより、打ち解けようとしなかった。

ぼくは休憩時間もひたすら無言でビジネス書を読んでいた。一分一秒でも時間を無駄にしたくなかったからだ。

当時、スマホゲームの「パズドラ」が流行っていて、バイト仲間たちは皆楽しそうに「パズドラ」をやっていた。

ゲラゲラ笑いながらスマホの画面をいじくる彼らを見て、

「ゲームとかやって何の意味があんの?」

「一生こんな所で働くつもりなのか?」

「こいつらと関わってたらアホになる」

ぼくはそんな風に思っていた。

バイトの先輩には幾度となく、「〇〇君、もっとみんなと話そうよ」と言われたが、「はい」と答えつつも無視した。

自分から応募してはじめてバイトなのに、「はやく稼げるようになって、こんなところさっさと辞めたい」と思っていた。

今から振り返ると、本当に扱いづらいアルバイトだったと思う。(〇井さん、〇田さん、本当にすいませんでした…)

でも、何をどうやって稼げばいいのか、まったくアイディアが浮かばなかった。

本屋に行って「稼げる副業〇選!」みたいな雑誌を読んだが、稼げるイメージが湧かない。

「何をやれば良いんだろう?何をどうやってお金を稼げば良いんだろう?」

ブック〇フのだだっ広い店内で品出しをしながら、悶々とした日々を過ごしていた。

そんなときにfacebookのメッセンジャーに、1通のメッセージが届いた。

この1通のメッセージが、ぼくの運命を大きく変えることになる。

第2章:「おれ月50万稼いでるよ。きみも一緒に稼がない?」

風呂あがりに何気なくスマホを触っている時、某大学の学生からこんなメッセージがきていた。

「はじめまして!~~大学の〇〇です!ぼくは今WEBマーケティング事業をやっているんですが、いろんな人と繋がりたいと思っていて、メッセージさせてもらいました!もしよかったら、お茶でもしませんか?」

こんな風な感じだったと記憶している。

ぼくは「大学生で事業やってる??嘘だろ」と思いながらも、ものすごく興味が湧いた。その日は何通かメッセージのやり取りをして、後日会う約束をした。

彼と初めて会ったのは、某駅近くのドトールコーヒーだった。

ドトールで一番安いブラックコーヒーを飲みながら、ぼくは彼の話を聞いた。

なぜ人と会っているのか、どんな事をして稼いでいるのか、どんな目標があるのか。

こんな話を1時間ぐらい聞いていた。そしてぼくは一瞬で魅了された。

「これだ、、、!おれが求めていたのはこんな世界だ!」

その後彼とは数回話をし、彼からネットビジネスを習うことになった。いわゆるDRMだ。受講費は32万8,000円。

当時は貯金もほとんど無かったので、クレカのリボ払いや消費者金融からの借り入れを駆使して、何とかかき集めた。

そこからは毎日毎日パソコンに向かって作業作業の連続。

大学1年の時に買ったっきりホコリ被っていたLAVIEのノートパソコンを引っ張り出して、毎日記事を書き続けた。

バイトが終わって家に帰宅→カップラーメンのお湯を沸かす。どん兵衛食いながら記事を書く。

こんな生活を3か月ほど続けた。

年明けにローンチする予定だったコンテンツを作るために、実家には帰るも、年末年始は休まずに作業を続けた。

朝4時くらいまで仕事をし、9時に起きてスタバに向かう。そして閉店まで仕事。家に帰って4時まで仕事。

実家のエアコンの付いていない部屋で毛布をかぶり、かじかんだ手をハーハーしながら手を動かし続けた。

実家の両親からは「いい加減にしろ!何やってんだ!」と怒られ、呆れられながらも、必死でやり続けた。

なかなかハードだったが、「これでバイトが辞められる!」と思っていたぼくは、死に物狂いで記事を書き続けた。

そして1月、生まれてはじめて自分のコンテンツを世の中に出した。

結果は…売上9,300円。

「え?売れた??マジ??」というのが正直な感想だ。

ぼくが音楽系のコンテンツを販売していたが、売れるなんて全く信じていなかった。

でも、ぼくがコンテンツを販売したのはこの一度切りだった。

DRMを教えてくれた先生や、その先生の弟子?みたいな人達は喜んでくれたが、ぼくは素直に喜ぶことができなかった。

何故なら、その方法が「情弱をカモにして稼ぐようなやり方だったから」だ。

ぼくはそのやり方にどうしても納得できなかった。

このまま罪悪感に苛まれ続けてながら稼いでいくのは、無理だと思った。

辞めるタイミングを見計らっているうちに、先生の弟子の1人に、ぼくのブログ記事をすべてパクられるという事件があった。

その弟子はぼくの2歳の上の先輩で、ビジネスのことやブログの書き方を教えてくれた人である。そんな人に裏切られ、「もうこんなところには居られない」と思って、ぼくはこのビジネスを辞めることにした。

しかし、現実問題としてお金は稼がなければならない。

その後、ぼくは色んなビジネスに挑戦した。

・バイナリーオプション

・FX(裁量取引、自動売買)

・仮想通貨

・REIT(不動産投資信託)

・海外不動産投資

・プログラミング

・アフィリエイト

・ブログ

・WEBライティング

・・・

バイナリーオプションとFXに関してはトレードを教えてくれるスクールに入会したが、お金を振り込んだ瞬間から先方と音信不通になったこともあった。(要するに詐欺に引っかかった)

いわゆる副業と言われるものはほとんどやったと思う。

これらの中で一時期的に稼げるものはあったが、長くは続かなった。

気付けば、借金は100万円を超えていた。

しかもリボ払いと消費者金融という高金利のダブルパンチで、元金はまったく減らない。支払いが重なると、貯金は底をついた。

ある日の夕方、近所のスーパーで納豆を買うためにATMに行くも、画面に表示された残高は800円。

「あー、おれってダメなんだな。ほんとに、ほんとに無能なんだな」と心が締め付けられるような、崩れ落ちそうな感覚があった。

この時、すでにブック〇フのバイトは辞めていたが、借金を返済するために派遣のライブ会場設営バイトをやることになる。

これが本当にキツかった。

21時半ごろから朝の6時、遅い時は9時くらいまでぶっ通しでライブ会場を設営する。

平日は朝から夕方まで大学の講義。そのあと家で仮眠を取り、朝までバイト。

眠すぎて、授業はほとんど聞いていなかった。

ある日のバイト中、余りにも眠すぎてウトウトしてたらチーフから「55番!寝てんじゃねー!!」と言われてドロップキックされたこともある。

バイト仲間には元受刑者の人達もたくさんいた。表には絶対に書けないような事をして捕まった人達もいた。

まるでカイジの地下労働さながらの労働環境である。

この頃は心身ともに疲れ切っていたが、ある程度まとまったお金が入ってくるようになった事もあり、メンタルは回復しつつあった。

「おれは絶対に成功できるはず」という一筋の希望は捨てていなかった。

早朝まで続いたバイトを終えて自転車で大学に向かう時、ビルの隙間から朝日が昇ってくる光景を見るのが好きだった。

第3章:月商500万のせどらーとの出会い

「なんとしてもでもバイトを辞めたい。自分の力で稼げるようになりたい」

どれだけ失敗しようが、この気持ちは変わらない。

そんな時、ぼくは某オンラインコミュニティーで、「せどり」という稼ぎ方に出会う。

ぼくは今まで色んなビジネスをやってきたが、せどりという言葉を聞いたのはそれが初めてだった。

そのコミュニティーには、”せどりで月商500万円以上を稼いでいるNさん”という人がいた。

ぼくはすぐさまコミュニティーのオフ会に参加し、Nさんの目の前でとにかく話を聞きまくった。

当時のぼくにとって福岡から名古屋までの交通費は痛かったが、せっかく話を聞けるチャンスを逃す方が痛かった。

2次会でも目の前を陣取ってひたすら話を聞いた。月商500万…ぼくにとっては夢のような話だった。

が、Nさんが嘘をついているようには見えなかったし、なんというか本物のオーラを感じた。

「月商500万は無理でも、月商50万円くらいならぼくでも稼げるかもしれない…!」

そう確信して、ぼくはせどりの勉強をはじめた。

まずは本を買い、せどりというビジネスモデルを勉強した。この2冊をアマゾンでポチった。

せどりというビジネスの再現性の高さやシンプルさを学んでいけば行くほど、稼げるイメージがどんどん湧いてきた。

まずは本に買いてある通り、せどりをするために必要な道具やツールを揃えた。

KDC200(商品のJANコードを読み込む機械)は中古をメルカリで買った。1万5,980円ほどの出費は痛かったが、投資だと割り切って思い切って購入した。

画像:今でもお世話になっているkdc200

道具を揃え、苦戦しながらアマゾンの大口アカウントを開設した後は、すぐに店舗に飛び出した。

ロケスマで検索し、出てきた近くの店舗を片っ端から回りまくった。

最初はまったく見つからなかったが、数日後、はじめて600円の利益が出るイヤホンを見つけた。

「ほんとに売れるのかな..」と半信半疑でアマゾンで出品しようとしたが、出品制限がかかっていた出品できなかった。

結局メルカリで出品し、利益は300円程度になってしまったが、ぼくにとってはじめての成功体験だ。

第4章:時給300円。「せどり辞めよかな…」

この成功体験に味をしめたぼくは、家電量販店やホームセンターなど、あらゆる店舗に行きまくった。

ロケスマにのっていない仏壇店や個人経営の文房具屋などにも入り、バーコードリーダーでポチポチリサーチをした。

「200商品リサーチして、利益商品は1個」

最初はこのくらいの割合だった。時給換算すると300円くらいだったと思う。

1日中レンタカーで仕入れをしても、見込み利益は1万円程度。レンタカー代を引いたら、ほとんど利益は残らない。

帰りの車内で1人、インスタントコーヒーを飲みながら「何でおれこんな事やってんだろう」と何回も泣きそうになった。

それでもぼくは諦めなかった。

「今回だけは、絶対稼げるまで辞めない。今回だけは、自分自身と交わした約束は絶対に守る。」

そんな想いで、毎日毎日店舗に向かっていた。

休みの日や大学の講義の空きコマの時間が出来ると、すぐに店舗に行って仕入れをする。そして商品を持ったまま講義を受ける。

周りからは変な目で見られている事が分かったが、それよりもぼくは稼ぎたかった。

やっていくうちに、コツのようなものが掴めるようになってきた。

200商品リサーチして1個しか見つけられなかった利益商品が、150商品に1個、100商品に1個と段々打率が上がるようになってきた。

コツを掴めると、一気にせどりは楽しくなる。とにかく自分の力でお金を稼ぐのは楽しくて仕方が無かった。

がむしゃらにやっていく中で、月商50万円程度は稼げるようになった。月収だと10万円くらい。

この辺りの詳しい状況はこちらのnoteに買いている。興味があれば読んでみて欲しい。

第5章:月商100万円達成。専業せどらーに。

その後も毎日毎日、来る日も来る日もせどりをやり続けた。

月商50万の次は100万だ。

効率的に収益を伸ばしていくために、情報発信者が出している有料noteなどいろんな教材を買った。

役に立った教材もあれば、あまり役に立たなかった教材もあったが、読んで実践すると確かな効果を感じた。

そうするとびっくりするぐらい仕入れの効率が上がり、1日の見込み利益は3万、4万、5万と上がっていった。

運が良ければ、1店舗の見込み利益が10万円を超える日も出てきた。

店舗を回るスピード、商品の目利き力が明らかに上がった事を感じながら仕入れをしていた記憶がある。

そうこうしている内に、月商100万円はすぐ達成できた。

50万を達成した時とはまったく違う感覚だった。

ぶっちゃけ専業で物販をやっている方からすると、月商100万円はたいした数字ではない。

でも、ひとつの区切りとして、この数字はぼくの中で大きな意味を持っていた。

大学生にして、サラリーマンと同じくらいの給料を稼いでいるのだと思うと、物凄く自信になった。

これまで色んなビジネスに手を出してはすべて失敗してきたぼくの、はじめての小さな成功。

これまでの努力は無駄じゃなかったんだ。せどりを選んで良かった。と心の底から思った。

月商100万円を達成した月に、全てのバイトを辞めた。

どう考えても食いっぱぐれるイメージは無かったし、フリーランス(専業)に憧れもあったからだ。

その年ははじめての確定申告だったが、税理士に手伝ってもらいながら何とか提出。

所得税を納め、ようやく1人前になれた気がした。

第6章:ついに、月商300万円達成。借金完済。

月商100万円を達成したあとは、色んなせどりの手法を取り入れて売上を伸ばしていった。

今までは店舗せどり(店舗で仕入れて、ネットで売る手法)しかやってこなかったが、電脳せどり(ネットで仕入れて、ネットで売る)にもチャレンジした。

トレンド商品や刈り取り等、いろんな手法を取り入れ、思考錯誤。

ぼくと同時期にせどりを始めた周りのせどり仲間も、どんどん売上を伸ばしていく。

そんな姿に刺激をもらいながら、毎日のようにパソコンにかじりついてリサーチをする日々。

そしてせどりをはじめて1年…ついに月商300万円を達成した。月収でいうと80万円ぐらいだった。

毎月コツコツ返していた借金も、いつの間にか完済していた。

嬉しすぎて、リア垢のインスタに投稿した。

これくらいの売上になると、男一人であれば就職せずとも生きていける。

カフェのコーヒー代が気にならなくなるし、会いたい人がいれば秒で新幹線のチケット取って会いにいける。

恋人の誕生日に高級ホテルをプレゼントすることもできるし、「〇〇行きたい!」と思った当日に弾丸で旅行に行くこともできる。

また、仕入れをネットで完結させて納品のアルバイトさんを雇えば、家でポチポチするだけで半自動的に売上が上がる。

ゆえに時間もできる。

時間ができると、次のビジネスを組み立てていく余裕が生まれる。

お金を稼ぐことで、今まで見えなかったらあらゆる選択肢が見えてくるようになった。

資本主義の世界では、”お金”で大抵の問題は解決できる。

お金がすべて、というつもりはないが、お金はあらゆるリスクを排除してくれるツールだ。その事実から逃げてはいけない。

「好きなことで生きていく」のは難易度が高いし、非常に再現性が低い。

まずはお金を稼いで、幸せのセーフティネットを築く。

そうして経済基盤を作った上で、自分が本当にやりたいことをやれば良い。

それがぼくがせどりで稼いで、たどり着いた結論だ。

第7章:【まとめ】せどりで稼げるようになった後の世界

実はぼくはいま、会社員として企業ではたらいている。

おそらくこれを読んでいる多くの人はサラリーマンだと思うが、「なんでそんなに稼いでるのに、サラリーマンやってるの?」と思っている人も多いと思う。

ぶっちゃけ収入の面でいえば就職する必要はまったくない。

でもぼくは今の会社でどうしても成し遂げたいことがある。見たい景色がある。

正直、年収はかなり下がる。でもぼくはお金よりも経験を取りにいった。

これは自分でお金を稼いでいるからこそ、取れる選択だ。

「最悪クビになっても、自分で稼げばいいや」という最強の後ろ盾があるから、ぼくはリスクを取った挑戦ができる。

いまサラリーマンをしている人は、どんな形でも良いから早急に給料以外の収入を作って欲しい。

”親離れ”ならぬ、”会社離れ”をしてほしい。

自分で稼げるスキルをつけた後は独立したい人はすれば良い。転職したい人はすれば良い。

会社に残りたい人は残れば良い。大事なのは選べる選択肢を増やすことだ。

余談だが、男の生き様はモロに顔に出る。

言葉で形容しがたいが、会社にぶら下がっているだけのサラリーマンと経営者は顔つきがまったく違う。

自分で自分の人生を切り開いてきた男の顔は、誰が見てもかっこいい。

もちろんサラリーマンでも、自分の責任で物事を決めてきた人たちは最高にかっこいい。

ぼくはそんな男になりたいと思っているし、これを読んでいる人にもそうなって欲しいと思っている。

「アホなYOBBYでも出来たんだから、おれにも出来るっしょ!」と思ってくれたら嬉しい。

それでは。

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ここまで読んでいただいてありがとうございます。

長々と駄文を失礼しました。

ぼくは今まで色んな失敗をしてきましたが、1ミリも後悔していません。

なぜなら、全部自分で選んだ選択だから。

何度失敗しようが、常に自分の人生を良くするために向き合ってきたからだと思います。

そして、これからもガンガン失敗していくと思います。(笑)

というか新しいことに挑戦する以上、失敗して当たり前なんですよね。

むしろ失敗したり、挫折したりがまったくない状況の方がヤバいと思います。

生まれてすぐ二足歩行できる赤ちゃんっていないですよね。

ちょっと歩いてはこけて、を繰り返してようやく二本足で歩けるようになりますよね。

こけるのは当たり前。こけたら立ち上がれば良いんです。出来るまでやれば良いんです。

赤ちゃんの頃は当たり前にやってたのに、大人のぼくらが出来ないはずはないんです。

この記事を読んで、1人でも「新しいこと、挑戦してみようかな」「おれにもできるかもな」思って行動してくれる人がいることを祈りつつ、筆を置かせていただきます。

改めて、ここまで読んでいただいて本当にありがとうございました。

もし共感していただけたら、Twitterや公式ラインなどで感想いただけると嬉しいです。必ず見させていただきます。

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