「YOBBY」の全プロフィールを公開

当ブログの管理人「YOBBY」のプロフィールを見に来てくれて、ありがとうございます。

ツイッターやブログ記事でぼくを知り、「こいつ誰や?」と思って辿り着いてくれた方はぜひ最後まで読んでみて下さい。

生い立ち

ハンドルネーム:YOBBY

1996年4月生まれ。O型。牡牛座。六星占術によると火星人(陽+)らしいです。

熊本の「ピザ屋も宅配を諦めるレベルの田舎」で生まれ育つ

後ろのガラス戸の裏から大量の草が見えますが、家のすぐ後ろには雑木林があります。

実家は熊本の田舎の中の田舎だったので、遊ぶ場所には困りませんでした。

川の水に飛び込んだり入って泳いだり、人んちの田んぼでサッカーをしたり野球をしたりと伸び伸びと育ちました。

画像はキャンプ中にお気に入りのピカチュウのうちわを無くし、泣きそうになっている時のやつ。

ケンカ、恋愛に溺れたヤンキー中学生

中学時代はぼくの人生最大の黒歴史と言っても過言ではありません。

文章にするとめちゃめちゃ長くなるので、サクっと箇条書きしてみます。

マクドナルドで近所の中学のヤンキーと喧嘩して、出禁に。

人生初の彼女が出来る。有頂天。

②中二病をこじらせ、2か月間左目に眼帯をつける(カカシ先生みたいなやつ)。

③アメーバピグにハマるも、部活の友だちに「お前、おれのアカウント使って〇〇さんの悪口言ってただろう」といわれのない風評を受ける。その後半年間に渡っていじめ(基本的に”無視”がメイン)を受け、部活を辞める。

④③が原因で不登校になり、人生に絶望する。そんなとき、ミスチルの「終わりなき旅」に出会い、このままじゃいかん、と登校再開。

⑤いじめで病んだことを気に、心理学・哲学書を病的に読み漁るようになる。

⑥高校受験1日前に「高校でどうせ会えなくなるから・・・」という理由で彼女にフラれる。(ウルフルズの「涙をとどけて」をバイブルに何とか合格)

中学時代は初めて彼女が出来たり、やんちゃだったので他校のヤンキーとケンカしたり、いじめられて不登校になったり。

「思春期あるある」は全部体験した気がします。

あと当時付き合ってた彼女とどうしてもメールがしたくて「携帯を買ってくれ」と親に直談判したものの、「まだ早い!」と一蹴されて号泣した記憶がありますね。

今思い返すと、この一件から「欲しいものは自分の力で手に入れる。絶対お金持ちになってやる」という気持ちが芽生えたように思います。

高校生はマジで記憶が無い

高校時代はマジで記憶が無いんですよ。

とにかくずっと「学校つまんねぇ。早く卒業してぇ。」と思いながら学内行事に参加していました。

今までの奔放な恋愛から打って変わって高校3年間で彼女は1人もできず、何の面白みもない毎日でした。

すべては彼女がいなかった事と、童貞だったことが原因だと思っています。

「楽器弾けたらモテるっしょ!!」という安直な考えで、ギターはめっちゃ練習してました。

インストアライブの時の1枚。

コミュ障でもなく、かといって人気者な訳じゃない。テストではクラスで15位ぐらい。

“ふつう”のど真ん中を行くような高校生でした。

唯一の救いは今もちょくちょく遊んでる3人の親友が出来たことですね。

こちらは大分の金鱗湖で撮った1枚。エモい。

僕含め4人で、授業をちょくちょく抜けてカラオケに行ってました。

さらに高3のときは強制参加の勉強セミナー(毎週土曜日)に行かず、家で黙々と受験勉強していたので、先生には睨まれてましたw

学校にたいして左翼的だったのは間違いないです。ただ、この作戦が功を奏したのか受験は成功。

ぼくが大切にしている価値観である「常に大衆はまちがっている」ということ、そして「権力に逆らうことの気持ちよさ」を教えてくれたのはこの時だったと思います。

人生初のネットビジネスで「9300円」稼ぐ

※画像はBASEのもの

大学3年の9月、Facebookのメッセンジャーを通じて、Webマーケッターを名乗る1人の大学生と出会います

彼は「ぼくは自分で商材を販売して、月収50万稼いでいる」と話していました。

大学生で月収50万はエゲつないですよね。

そしてアホなぼくがまんまと彼の口車に乗り、彼が所属しているらしい起業塾に入塾しました。

費用は32万4000円。もちろん一括じゃ払えないので、リボ払いで払いました。

ネットビジネスは初めてでしたが、紆余曲折あっては何とか「9300円」を稼ぐことができました。

これがぼくがネットでお金を稼いで初めての体験です。

ですが、ぼくはこの塾が好きになれませんでした。

その理由は、言葉を選ばずにいうと「情弱をカモにしてお金稼いでるやつが多すぎた」から。

常に罪悪感を感じながらビジネスをやってる自分が嫌になったんですよね。

そんなこんなで、自然とこの塾とは疎遠になりました。

借金110万円、バイト戦士に。

ぼくはその後「もっと気持ちよく稼げるビジネスがあるはずだ!」と思い、色んな情報商材を買ったり、FXやバイナリーオプションを教えてくれる塾に入ったりと、奔走していました。

その費用は全部リボ払い。気付けば借金は110万円まで膨れ上がっていました。学ばない大アホですw

「これはマジでヤバい。まじめにバイトしよう」と決意したぼくは、大学を休学し、朝から晩までバイト三昧。

12時~21時まではブックオフでバイト、22時~6時までライブ会場の設営バイトという感じで、死に物狂いで働きました。

これめっちゃ食べてました。コスパ最強なのよ!

ライブ会場のバイトはマジでしんどかったですね。

ライブ会場のでっかいモニターに大量のLED電球をつける作業してる時に、あまりにも眠くてフラっとした瞬間、「寝てんじゃねー!!」ってチーフから飛び蹴りされたこともあります。

隣で一緒に作業してるふつうのおじさんに話しかけたら元受刑者だった、みたいな事もあって中々パンチの効いた職場でした。

色んな副業で挫折しまくり、最後の最後にせどりに出会う

借金返済に明け暮れている間も、いろんな副業に挑戦しました。

FX、バイオプ、プログラミング、アフィリエイト、ブログ、ライティング、クラウドソーシング等々副業という副業はやり尽くした感ありますね。

でも何一つとして大した成果を残せませんでした。

「あれ?もしかしておれってビジネスの才能無い?」と枕を抱えて泣いた夜もあります。

この頃は口だけ達者で、メンタルは女子中学生並みに情緒不安でした。

そんな時に出会ったので「せどり」です。

最初は本を読みながら独学ではじめ、4か月後には月商100万円(月収24万円)を達成。

1年と1か月後には月商302万円(月収82万円)を達成することができました。

はじめた当初は時給100円とか、下手したらそれ以下で朝から晩まで店舗を回っていましたね。

色んな葛藤はありましたが、今では心底続けて良かったな、と思います。

ぼくのせどりを始めた初期のアクションや心の葛藤などをこちらのノートにまとめているので、興味ある方は読んでみて下さい。

このブログで伝えたいこと

ぼくの個人的な目標として、”34歳までに金融資産1億円を作る”というものを掲げています。

今は広告系の会社でサラリーマンをしながらせどりをしていますが、本業でキャリアを積みつつ、2025年までには独立する予定です。というか絶対します。

現在不動産投資も勉強中なので、今後は不動産の実践記なども書いていけたら、とぼんやり思っています。

ちなみに、このブログのタイトル「複業スイッチ」には、

目まぐるしく変わる時代に応じて、スイッチを切り換えるように、たくさんのビジネスを作ろう

という意味を込めました。

タイトル通り、このブログではせどりに限らず、人生を豊かに波乗りしていくためノウハウや、ぼくなりの考えをふんだんにぶち込んでいます。

少しでも皆さんに生活が豊かになったり、「役にたった!」と思って頂けると幸いです。

最後に、世の中に何十万、何百万とあるブログの中で、この記事を見つけてくれて、最後まで読んでくれて、本当にありがとうございます。

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